本記事は、弊社のパートナー企業の泰星コイン株式会社の雑誌『泰星マンスリー』の2023年4月号に掲載されたものであり、弊社の英語版ホームページ『CoinsWeekly』の記事に基づいています。英語の記事はこちらからお読みいただけます。日本語版記事の掲載の許可を賜りましたこと、泰星コイン株式会社に厚くお礼を申し上げます。
前号に続いて、クロアチア造幣局が発行した世界最小コインの話題をお届けします。皆様もご存知のように、2023 年1月1日、クロアチアの通貨はユーロに切り替わりました。実はクロアチア造幣局では、その日に向け、新しい貨幣の鋳造を急ピッチで進めながら、並行して特別な取り組みも行っていました。長く慣れ親しんだ クーナ貨に華々しく別れを告げると同時に、造幣局の持つ技術力を誇示したいと考えていたのです。それが 世界最小のコインを鋳造することでした。今回はその舞台裏をご紹介します。

< クロアチア造幣局の技術の結晶 >
クロアチア造幣局は、古い歴史を持つヨーロッパ各地の大手老舗企業とは異なり、クロアチア国立銀行の完全子会社として、約30 年前の1993 年4 月23日、クロアチアを独立へと導いた戦争が繰り広げられている最中に設立されました。そのため、クロアチア造幣局はクロアチアの国民性を象徴する特別な存在であり、記念コインを通じてクロアチアの豊かな文化を全世界に知ってもらうことは、造幣局の職員たちの誇りとなっています。彼らにとってコイン鋳造は、単なるビジネスモデル以上のものなのです。そのことはクロアチア造幣局の最新の記念コインが証明してくれました。そのコインは世界最小の都市フムを記念した1 クーナ貨で、これまでスイス造幣局が保持していた世界最小コインの記録を更新したのです。この技術的な偉業は、造幣局のプレス機が、クロアチアとその人口約400 万人のための新しいユーロ流通貨の製造に24 時間無休で追われているなかで成し遂げられました。

< チャレンジの背景 >
クロアチア造幣局の総裁ダミール・ボルタ(Damir Bolta)は、世界最小のコインを作るというアイディアが生まれた経緯を次のように語っています。「クロアチアがユーロ発行国の仲間入りをしてクーナが消える前に、クーナの永遠の記念碑を作りたいと思ったのです。そこでクロアチア造幣局は、この通貨の切り替えを記念して、世界最小のコインを作ることにしました。そして、そのチャレンジに成功しました。直径1.99mm、重量0.05g のこのコインは、『世界最小の都市』と呼ばれるフムに捧げるというテーマにふさわしいものです」。事実、クロアチア造幣局の最新の記念コインは、スイス造幣局がこれまで保持していた記録を破るものです。スイス造幣局は、2020 年にアルベルト・アインシュタインに敬意を表した1/4 スイスフラン貨を発行していますが、その直径は2.96mm、重量は0.063gで、クロアチアのコインのほうが、直径で0.97mm、重量で0.013g も小さいサイズになります。また、クロアチアの世界最小コインは、鋳造数においても、スイス造幣局のコインの999 枚よりもさらに少ない、僅か199 枚です。
< デザインについて >
世界最小のコインをデザインしたいのであれば、単純にどんなテーマでも良いというわけにはいきません。デザインを担当したアーティストのアナ・ディヴコヴィチ(Ana Divković)が、その仕事ぶりについて少し紹介してくれました。「モチーフを小さく、しかもわかりやすいデザインに絞り込むところから始めました。コイン裏面は、フムの街の門にあるドアノブをモチーフにしています。ドアノブは、この地方特有のイストラ牛の頭部を象ったものです。表面には、あえてフムの街全体を描いて、どれほど小さいかを表現しました。このデザインを金型にするにあたっては、造幣局の専門家の技術を全面的に信頼してお任せしました。クロアチアは小さな国ですが、優秀で経験豊富な技術者が大勢いるのです」。実際、デザインは極めて重要で、クロアチア造幣局の製造部長ゴラン・パラディン(Goran Paladin)は次のようにコメントしています。「1.99mm が、本当にどれほど小さいものかを理解しておく必要があります。例えば、マッチの頭はほとんどすべて、このコインより大きいのです。ディヴコヴィチさんが型を提出する際には、そのことを念頭に置く必要がありました。そして、サイズを縮小するということは、ディテールの縮小についても、私たちの持つ技術で再現できなければならないということです」。

< 金型の作成 >
パラディン製造部長は続けます。「このコインと、要求されるディテールのレベルを比べると、縮小機などのフライス盤で金型を作成する従来の方法ではうまくいきません。コインの文字の高さ0.1mm に対し、フライス盤の先端は直径0.3mm と大きいのです。そこで、非常に精度の高いレーザー彫刻機で金型を製作しました。そうすることで、通常サイズのコインと同じように、デザインの細部を隅から隅まで適
切なサイズに縮小することが可能となりました」。
< ブランクについて >
もちろん、世界最小のコインを製造するための既製のブランクが売られているわけがありません。コインを作るためのブランクは、自分たちで作るのです。ゴラン・パラディンは、ニヤリと笑いながらこう語りました。「コインのブランクの製造方法は秘密です。簡単ではありませんでしたが、とても良い解決策が見つかったのです」。
< コインの鋳造 >
当然のことですが、世界最小のコインを鋳造するのは、通常のコインを鋳造するよりも大変な注意を要します。パラディン製造部長は次のように説明します。「デザインを金型の中心に置き、ブランクも正確に中心に配置することが重要でした。直径1.99mmのコインにすべてを収める必要がある際は、直径10mm から40mm の大きな金型を使うときには問題にならないような微細な位置合わせの誤差が、突如として大きなエラーになってしまうことを覚えておかなければなりません。このコインの鋳造においては、ザックアンドキーゼルバッハ社(Sack &Kiesselbach)製TMA 350 タイプの鋳造プレス機を使用しました。“350”という数字は、プレス力が約350 トン、つまり3,500 キロニュートンあるという意味です。ですから当然、プレス力を大幅に下げる必要がありました。また、このコインを鋳造できるよう、ほかにも調整を加えました」。ザックアンドキーゼルバッハ社のCEO マルクス・シュライン(Markus Schlein)は、嬉しそうに話してくれました。「TMA は、造幣局での様々なプロジェクトに使用するために設計したものです。何度も最適化された駆動技術により、TMA は極めて正確で感度が高くなっています。このことは、例えばホログラムを使ったコインの製造に非常に有用であることが証明されています。今回、世界最小のコインがTMA を使って鋳造されたという事実は、私たちにとって大きな誇りでもあります。しかし、私たちにとって重要なのは、機械が簡単に使えること、そして最終製品が巨大であろうと、極小であろうと、特別なニーズに素早く対応できることです。この点については、お客様からも大変高く評価されています。2017 年にTMA を発売し、現在は22 台目のTMA を製造中です。もちろん、日常使う機械と比べればかなり数が少ないほうですが、鋳造プレス機の世界では、5 年という期間にしては、とても素晴らしい台数だと思います」。

< パッケージについて >
しかし、世界最小のコインは、どのようにして見せるのがふさわしいでしょうか。何しろ、このコインを「普通の」コインケースに入れただけでは、どこにあるのかわからなくなってしまいます。そこでクロアチア造幣局は、古くからの伝統に従うことにしました。小宇宙と大宇宙、極小と巨大、そして最小のコインと、人類が想像しうる最大のものといえる宇宙を結びつけたのです。
クロアチアの誇りは何といっても、記録破りのヴィシュニャン天文台です。クロアチア人の教師コラド・コルレヴィッチの主導で設立されたこの天文台は、1995 年から2001 年の間に1,749 個もの驚くほどの数の小惑星を発見しています。ヴィシュニャン天文台は、地球近傍天体の発見数では、世界のトップ5 に入る天文台です。
このヴィシュニャン天文台を描いた、もう一つの最後のクーナ貨のデザインを手掛けたのは、アーティストのニコラ・ヴドラグ(Nikola Vudrag)です。ヴドラグは、このコインをデザインした際に最も苦労したことを教えてくれました。「最大の難題は、肉眼で見てもわからないということでした。振り返ってみると、裏面に描かれたフムの街角やイストラ牛の筋肉などは、鋳型を作る際に目で見るよりも手で感じなければならなかったのです。とりわけ困難だったのは、天文台の窓に小さな望遠鏡を組み込むことでした。すべての星が肉眼で見えるわけではありませんから、天文台の窓に望遠鏡が見えるとも限りません。けれども望遠鏡は、宇宙を見つめる目のようにその場所にあり、その目は私たちの方にも振り返ってくれるのです」。

両コインが収められた印象的なケースは、ダークブルーのコーティング面に2 枚のコインを埋め込むという方法によって、ヴドラグの考えを反映しています。色合いがまるで夜空のようで、星を思わせる小さな光が散りばめられています。なお、このセットには拡大鏡と手袋も同梱されています。理由として、コイン鋳造技術の粋を集めた名作は、素手で扱わない方が良いと思うからです。最後に、世界最小のコイン製造の技術面での責任者を務めたゴラン・パラディン製造部長の言葉を紹介します。「クロアチア造幣局は、革新的な記念コインを発行する市場では新参者ですが、世界最小のコインを発行することで、世界の他の造幣局と肩を並べられるということを示したかったのです。それが世界最小のコインを作った理由です。そして、私たちは一枚のコインに都市を丸ごと収めることができました。世界最小の都市として知られるフムは、このコインにはぴったりのモチーフでした」。
泰星コインのウェブサイトは、こちらからアクセスいただけます。
クロアチア造幣局のウェブサイトは、こちらをクリックしてください。
そしてザックアンドキーゼルバッハ社のウェブサイトは、こちらのリンクでアクセスしてください。